こんにちは。
初めましての方も、そうでない方も。
喫茶店のカウンターの向こうから、そっと失礼いたします。
私はセリナといいます。
この店を、ミリアさんとふたりで切り盛りしています。
名乗るほどの者ではありませんが、
「少し話を聞いてくれそうな人」くらいには、思っていただけたらうれしいです。
本当は、名前を出すのも少しだけ恥ずかしいのですけれど……
この店では、名前を呼ばれたほうが、心がほどける気がするんです。
それなら、わたしも名乗らなくちゃって。ふふ。

昔は、保健室で働いていました。
高校生たちが、いろんな理由でふらっと訪れる、あの静かな小部屋で。
熱がある子もいれば、ただ眠りたいだけの子もいて――
わたしは、何もできない日も、ただ椅子に座って、耳をすませていました。
けれどあるとき思ったんです。
「こんなに静かなのに、わたしは声を出せていないな」って。
だから辞めました。はっきりした理由は、いまもぼんやりしていて。
でも……「違う場所で、言葉をかけたい」って思ったのは、たしかなんです。
いまは、ミリアさんと一緒にこの店を営んでいます。
昼はコーヒーと紅茶と本、夜はお酒とすこしの甘いもの。
わたし、甘いものが……けっこう好きなんです。
飲めないくせに、赤くなりながらカクテルを味わうのも、実は少し、好きです。
***
もしあなたが、「話すまでもないけど、なんとなく疲れてるな」って夜、
この店の光を見つけてくれたなら。
そのときは、カウンターの端っこで、こっそり名前を呼んでください。
返事は小さいかもしれませんが、
代わりに、やさしく香る紅茶をお出ししますね。
あ、ひとつだけ、お願いがあります。
わたしの“休日の服”の話は……まだ、内緒ってことで。
それでは、また夜の角で。
セリナでした。
【今日の火種】

ミリア
セリナは、カクテルグラスよりもパフェグラスの方が似合うことに、本人はまだ気づいていない。